15年ほど前の

冷たい床


台所に魚がいるのです。
流しの下、そっと潜んでいるのです。
赤色を靡かせて、何処か涼しげに。
妙な景色なら、ずっと前から見えていたんです。
気づかないようにしていただけで。


吐き出すことならまだまだ有ります。
カーテンはやることもなく揺れています。
やがて私は眠りについて、
わけのわからない夢に放り込まれて、
余韻も残らぬまま、朧げな感覚を頼りに
記憶を辿るのです。


泡を吐くすべては水に満たされている
ユラユラと頼りなく揺れる
曖昧に耳に入る くだらない
あの人達の喋り声


ここはまるで墓の下の様です。
冷蔵庫の音だけが響いています。
在りし日々の思い出に浸り、
冷たく眠る人々のようだと、一人
そんな考えに耽る
私はこの冷たい床の上、
眠りに沈むのです。

幕間からこぼれ落ちる星


それは私から生まれて


私ではないもの


オノマトペ


行間をかいくぐって


コラージュのドレスで踊る


ビープ音、マシンから響く


手足のとれたリカちゃん人形


果たされない予感と生きていた
果たされない予感に呼吸していた

幕間から星がこぼれて


私が生んだ 私じゃないもの



そして求めよ、それは世界線を変えるほどの乙女でなければならぬ

複数焦点の多元的意識野

夜道を蛸になる。

仕事を終えて、明日の神話の前で待ち合わせてご飯。
そして渋谷のシネマヴェーラで『次郎長三国志』を見る。
土日からあわせて今日が三部目。


映画を見終わり、けだるさの中、電車で分かれて帰路につく。


電車を乗り換え、運良く座席に着くと眠気が襲う。
すると夢とうつつの間に頭の中ですごく良い蛸の浮世絵が浮かんで。
誰かがこれを刷ってくれないかなと。


夢心地、蛸の浮世絵を頭に飾ったまま、電車を降りて自宅までの夜道。
雨上がりの濡れた道路は心地の良い。路面が光を照り返している。


ますむらひろしアタゴオルのヒデヨシが「タコよー!タコなのよー!」と叫んでいる。


道すがら、気がつけば頬を膨らませ、あやしげな息づかいで呼吸をしている、
ゆっくりと心持ち音を立てて。無意識に蛸の真似をしている。雨に濡れた夜道で。
深呼吸のように蛸の息づかいで。


まるでパフォーマンスアートのように。
ギャラリーのいない、夜道のパフォーマンス。
この夜そのものがまるで一遍の詩のようだ。
人生そのものが一遍の詩のようだ。


蛸の浮世絵がまたひとつ浮かぶ。


蛸に取り憑かれている。
これからおそらく蛸に取り憑かれる。


Dr. Sumireというシリーズでコラージュを作ろうかとも思っている。
(これもアタゴオルから。スミレ博士はヒデヨシがただ付け髭をつけただけの猫。ヒデヨシは集合無意識の元型におけるトリックスターだな。)
それと蛸モチーフに何かやれとせっつかれる。


酒に酔ってもいないのに、そんな夜がある。

なにものでもないことと、なにものかであることを拒否することについ

自分が何者であるのか、を考えるのにはやはり日本の方が都合が良いこと。

境界にいること。常に世界の内側ではなく自分は世界の縁にいるのだということ。
常に境目で戸惑っているという状況が自分の居場所であるのかもしれない。
それすらも否定して。

思考の成り立ちが言語によるものも大きいのだと改めて。

居心地の悪さの中にこそあるもの。

「居心地の悪さ」という、微妙なニュアンスのもの、
治安を要因とした夜道の怖さとか、そういった具体的なものではなく。
漠然とした不安と他者との微妙な差異。

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時代のアイコンは偶像。無名性の群れ。

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「なにものにもなれない」
ままで良いのだということ。

己はなにものかだ、なにものかになるものだ、というおごりを持たぬように。

ロンドン暴動

中心街では大変なことになっておりますが、
ロンドンから約2時間の地方都市、カンタベリーでは特に問題ありません。
フェイスブックで心配いただいた声もあるので、こちらからも。

ただ、昨夜、騒ぎに便乗した若者が
ハイストリートで数名捕まったようですが、大事にはいたらず。
また、バスで40分ほどのFolkestoneでは小さな騒ぎがあったようです。

在ロンドン日本国総領事館から注意を引用させていただきます。

安全・テロ情報

6,7日におけるロンドン市内の暴動について

2011年8月8日


1.各種報道によれば、6日夜から7日未明にかけて、ロンドン北部のトッテナムで、地元の男性が警察官に射殺されたことに抗議していた群衆の一部が暴徒化し、パトカーや2階建てバス、商店の一部に放火するという事件が発生しました。

なお、この抗議活動は7日夜も抗議活動の場所をロンドン南部のブリクストン、北部のエンフィールド、ウァルサムフォレストに拡大し行われ、この2日間で多数の警官が負傷するという事態に発展しました。抗議活動はロンドン中心部のイスリントンやオックスフォードサーカスでも行われました。

2.つきましては、抗議活動が開催された場所およびその周辺地域には極力近づかないようにし、抗議活動が行われている場所に接した場合には、早急にその場所から離れるなど、不足の事態に巻き込まれないよう十分注意してください。

ロンドン在住者からの話、ニュースを見るに、
実態としては暴動を起こした連中は、便乗して暴れたいだけの
チャブ(不良)とギャングが中心のようです。

ロンドン警視庁によると、主にスマートフォンブラックベリー」の匿名メッセージ機能で集結場所や時間が伝達されているという。メッセージには「店を破壊して、ただで品物を持ち帰ろう」などと略奪をあおるものが目立ち、政治、人種的な動機の伝言はほとんどないという』だそうです。

在ロンドン者のまとめた経緯ではこちらが分かりやすいです。
[ロンドン暴動、在英京都人作家・入江敦彦さん(athicoilye )の考察]
http://togetter.com/li/172491
ただ、これは出来事のひとつの切り口にすぎません。
色んな要素が絡み合って、見解をまとめるのは容易ではないようです。

非常に残念に思うのは、大義もなく地元商店街を襲い
5代続いた商売を潰された老兄弟がいたり、
50年やってた店を燃やされた80代のご老人がいることです。
これはけして取り戻せないものです。

亡くなった方も多数います。

また、個人的に日本との現状と比べて、
震災で理不尽に日常を壊されて、それでも自棄になって暴れるよりも、
一日も早く平穏を取り戻そうとしている人もいる中で、
自分達の生活する街を自分達の手で破壊している風景に変な気分になりました。

今この瞬間も生活を立て直すことに
エネルギーを注いでる人が沢山いると言うのにどういうことだろう?と。

ただ、こういった惨状がある中で、
ポジティブなアクションを起こしてる人たちもいます。
街でレストランやお店を営むトルコ、インド、
パキスタン系移民の方々による自警団。
これはしっかり自分たちの街だと、移民がコミュニティに馴染み
地域と連帯している好例だと思います。

その一方で地域に馴染めず、十分な教育も受けていない
移民2世3世のチャブ達もいるのは悲劇です。
社会の階層化が進んでいるようです。

ロンドンを自分たちの手でお掃除しよう隊や、
トラファルガー広場に集まって祈りの会もあるようです。

引き続き、安全に気をつけて生活しようと思います。
あと残り、一ヶ月。